サーカスのライオン

3年生国語の授業で扱う教材文です。

 

サーカスのライオン (おはなし名作絵本 16)

サーカスのライオン (おはなし名作絵本 16)

  • 作者: 川村 たかし
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 1972/11
  • メディア: 単行本
同じことをくり返す日常にすっかり退屈していたサーカス団の老ライオン・じんざが、
自分を応援してくれる男の子と出会い、元気を取り戻していく・・・そんな物語です。
元気をなくしてしょげているように見えたじんざのもとに、男の子はチョコレートをもって通い、自分のお母さんのことを話していきます。
この年令の男の子が、毎日通うというのは「よほど」のことです。
クラスの子どもたちも、「お母さんがいなくて寂しいんだ。」「じんざ以外に友達はいないのかな。」「チョコレートを半分こって、きっと気持ちをわかり合いたいんだと思う。」と読み取っていました。
ある日、男の子は、じんざのもとへ息を弾ませてやってきます。
お母さんが退院する日、たまったお小遣いをもってサーカスに行くよ!という男の子に対し、じんざは思います。
「・・・ようし、あした、わしはわかいときのように、火の輪を5つにしてくぐりぬけてやろう。」
サーカスを見に行くという男の子に対して、じんざが意欲を出す場面です。
子どもたちの中には、じんざの心情を、「たくさんのお客さんに昔のようなすごいところを見せてやりたい。」「サーカスにやる気を無くしていたが、やる気を取り戻した。」と読む子たちもいたのですが、実際は「男の子の気持ちに応えたい。」、ただそれだけなのですね。
3年生の素直な子どもたちとこの物語を読むと、じんざの「純真さ」がいっそう心にしみます。
境遇の似た者同士(男の子とじんざにその自覚があったかどうかはわかりません)が惹かれ合い、心を尽くし合う。
「サーカスのライオン」は美しい物語です。
同じようなテーマを内在しながら、「分かり合えない」ことを主題としていた「ごんぎつね」に対し、「サーカスのライオン」のじんざと男の子の関係は幸せそのものです。
しかし、この物語は、美しいままでは終わりません。突然の火事で危機に陥った男の子を救うため、じんざは男の子に5つの火の輪くぐりを見せることなく、命を落としてしまうのです。
来週からの授業では、この火事の場面を扱います。
死に隣接した緊迫感あるシーンですが、じんざの胸中に悲壮さはありません。
ただ男の子を救いたい。その一心です。
緊迫感とその渦中のじんざの心情。どんな読み方をすれば、それを表現することができるでしょうか。
週末はそんなことを考えながら、この美しい物語を反芻したいと思います。

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トリカのちかい [読書・映画・音楽]

ヤービの深い秋 (福音館創作童話シリーズ)

ヤービの深い秋 (福音館創作童話シリーズ)

  • 作者: 梨木 香歩
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 2019/08/28
  • メディア: 単行本

マッドガイドウォーターの物語、第2巻です。


一読後の感想は「冗長」でした。

薄絹を重ねるように表現を折り重ねることで、当たり前の景色に深みと彩りを与えていく。そうした表現方法自体は悪いものではないのですが、物語を読み進みたいこちらの速度と噛み合わないと、表現の豊かさは途端に「鈍重でたいくつなもの」に変容します。

「味付けはよいのだけれど、ちょっとくどくてもたれるな・・・。」そんな残念な感想をもちました。


でも、時間を空けて読んでみたところ、2回目はまったく違う読後感でした。

駆け足にならずに進んでいくスピードが心地よいのです。

作者の梨木さんが描きたかった世界はこれなんだな、と妙に納得しました。

どうやら一読目は、現実世界の速いスピードに身を置きながら読んだせいで、マッドガイドウォーターの世界に入り込めていなかったようです。読書は、自身の置かれている状況を鏡のように反映する…だからこそ同じ本を繰り返し読む価値があるのでしょう。一読で終わりにしてしまわず、ほんとうによかったです。


さて、2回読んでみて、印象に残っているのは「トリカのちかい」の章です。トリカは、つい嘘をついてしまう自分の性格が母親を困らせていることに気付きます。そのトリカに対し、ほのおの革命家(この秀逸なネーミングセンス!)が言います。


「きみが思わず口から出てきそうなうそを、ぐっと一回こらえたら、お母さんは自分の心臓をしめ上げている目に見えない何百もの薄紙が一枚、ふっと消えたように思うだろう。二回こらえたら二枚、薄紙がはがれたように身が軽くなるだろう。三回こらえたら三枚…。そうして、百回こらえたら、お母さんはすっかり元気になる。」


「三年間、地道に、まったく空想をまじえずに、うそをつかずに生きてごらん。ほんとうのことだけを口にして、地に足をつけて生きるんだ。」


なんと優しく説得力のある言葉でしょう。

この物語には、宝石のようにきらびやかではないけれど、ずしっと重みのある言葉がそこかしこにあります。この秋、何度も読み返すことになりそうな、そんなステキな一冊です。



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レモンの図書室 [読書・映画・音楽]

レモンの図書室 (児童単行本)

レモンの図書室 (児童単行本)

  • 作者: ジョー コットリル
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/01/10
  • メディア: 単行本
「少女ポリアンナ」「赤毛のアン」「黒馬物語」「アンネの日記」「くまのプーさん」「オズの魔法使い」「穴」「ワンダー」・・・本は友だちになれる?


帯に書かれている小説群のタイトルを見てピンとくる人たちは買いでしょう。

本を心の拠り所として生きている少女カリプソが、本以外の拠り所と出会い、成長していく物語です。


カリプソには、妻をなくした悲しみから目を背け、仕事に逃げ込む父親がいます。

愛する人をなくした悲しみは同じなのに、その思いを共有できない父娘2人。袋小路のような現状を変えていったのは、大人である父ではなく娘のほうでした。

カリプソのように、幼くして家族の介護や看病をせざるを得ない立場になる子どもが、イギリスでは増えているそうです。「ヤングケアラー(若い介護者)」と呼ばれる子どもたちの存在は、日本でも近年大きな社会問題となっているとのこと、恥ずかしながら、私はこの本を読んで初めて知りました。


現実世界にできた「親友」を拠り所に、カリプソが困難を乗り越えていく姿は感動的です。

ですが、自身の思春期のありようを思うと、素直に感動できないのも事実です。

「本当に人間は、こんなに前向きに変容できるものかしら。」

と、「てぶくろを買いに」の母ぎつねのような懐疑的心情になります。

この部分は、読者の年齢やこれまでに重ねてきた経験によって、評価の分かれるところなのかなと思います。

(素直に共感はできなかったものの、決して悪い読後感ではありませんでした。念のため。)


もう一点。

物語のタイトルにもなっている「レモンの図書室」、この物語の重要な場面で、レモンがずらりと並んだ書架が象徴的に描かれるのですが、梶井基次郎の「檸檬」を思い出さずに入られませんでした。

日常的なものでありながら、ある特殊な状況の中に置かれることによって、それが非日常的なものに転換する・・・この物語も、「檸檬」も、その題材としてレモンを選んでいるところが興味深いです。


巻末には、「カリプソの読書案内」が付いています。

この物語を楽しめた人は、きっと好きであろう読書リストです。とりあえず私は、久しぶりにダールの「アッホ夫妻」が読みたくなりました。

アッホ夫婦 (ロアルド・ダールコレクション 9)

アッホ夫婦 (ロアルド・ダールコレクション 9)

  • 作者: ロアルド ダール
  • 出版社/メーカー: 評論社
  • 発売日: 2005/10/01
  • メディア: 単行本







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カイコ大図鑑 [読書・映画・音楽]

大研究カイコ図鑑 (大研究図鑑シリーズ)

大研究カイコ図鑑 (大研究図鑑シリーズ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 国土社
  • 発売日: 2014/07/01
  • メディア: 大型本

国土社から出版されている大研究図鑑シリーズの1冊、

『大研究カイコ図鑑』です。

「大」研究という名前にふさわしい、充実した1冊となっています。

※カイコの解剖の仕方や、解剖写真まで掲載されていますので、小さなお子さんのいる家庭には配慮のいる1冊かもしれません。


今年度、総合的な学習の時間で養蚕に取り組んでいます。

私が小学生の頃は、まだ総合という教科はなかったのですが、担任の先生に思いがあったのでしょう、養蚕に取り組んだことがあり、30年を経た今も、その経験を強烈に覚えています。

今の教え子の幾人かも、強烈な思い出としていつかカイコのことを思い出すのかも…と考えると、一つの体験のつながりというか、運命の糸のようなものを感じます。カイコだけに。


さて、カイコを育てる経験をすることは、それだけで素晴らしい学びだと思いますが、

実体験だけでは、カイコや養蚕のおもしろさの一端に触れたにすぎません。

そこで必要になってくるのが、学びを広げるための手引きです。

先に紹介しました『カイコ大図鑑』は、子ども達のみならず、大人の興味も喚起してくれるマストな1冊です。他にもさまざまな絵本や専門書が出ていますが、分かりやすさと具体性においてこの本に勝る本はないでしょう。

お値段に見合うだけの価値ある本だと、自信をもっておススメします。

3年生の理科で観察カードを書かせていますが、「背脈管(はいみゃくかん)」「眼状紋(がんじょうもん)」などの専門用語がたくさん使われます。明らかに『カイコ大図鑑』の影響です。

専門用語を駆使(!?)して観察カードを書き、会話をしているとき、小さなカイコ博士たちの顔はとても誇らしげです。言葉のチカラってすごいなぁと改めて感じます。

かくいう私も、最近、職員室で「マルピーギ管」「尾角」などの言葉を使い、学年の先生方とお話をしています。

他学年の先生方には「よしよし。新しく知った言葉を使いたいんだな。」と思われていることでしょう(笑)。



そうそう。

子どもの頃、飼育しているカイコの背にマジックで色を付け、カラフルな糸を吐くかを実験したことがありました。私の記憶の中では、カラフルなまゆ玉ができたことになっていたのですが、冷静に考えてみれば、皮膚に着色したら色の糸を吐くのっておかしいですよね?

幼かった自分の記憶違いかな…と思っていたのですが、この本を読み、実際に実験をやってみて、新たな知見を得ることができました。

驚きがあふれる、まさに「ワンダフルな」体験でした。


気になる方は、ぜひこの本をご購入ください。

カイコの生態を通し、生命の不思議さ、素晴らしさを感じることができるはずです。


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願いを届けたいときは [読書・映画・音楽]

白のままでは生きられない―志村ふくみの言葉 (生きる言葉シリーズ)

白のままでは生きられない―志村ふくみの言葉 (生きる言葉シリーズ)

  • 作者: 志村 ふくみ
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2010/01/21
  • メディア: 単行本
染色作家・志村ふくみさん。
いくつもの著作の中で、含蓄に富んだ言葉を書き残しています。
(私が特に好きなのは、『一色一生』)
過去の著作の中から、光る言葉を抜粋し再構成したのが上の『白のままではいられない』です。
名言集や語録のような本を想像すると分かりやすいでしょう。
著者監修とはいうものの、言葉を抜粋し再構成した時点で、言葉に含意されるものは原文とは異なります。
事実、原文を読んだときと、断片集である本作を読んだときとでは、印象がずいぶん違いました。
前後の文脈とのかかわりがなく、意味の限定が少ない分、想像の余地が大きく、自分自身の思いを投影しやすいのです。筆者との対話というより、言葉を手がかりに自由に思いを巡らせるのを好む自分には、とてもありがたい本です。
物を創る人間に絶えずより添って決して離れない手、無言で加勢してくれる手、裏切らない手、怖しい手、私達は思わずその手が手をかさずにはいられない、そういう仕事をしているだろうか。(P138)
つい先日、何気なしに開いたページに書かれた言葉が強く胸に響きました。
それは、今の自分の仕事が「そういう仕事」になっていないという思いがあったからでしょう。
先日、教え子たちに「ていねいさ」についての話をしました。
私たちは、誰かに血の通った願いを届けたいとき、相手にだけではなく、自分自身にも願いを向けなければならない・・・そう思います。
私自身が、ていねいに生きなければなりません。

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2018-12-08

伝統の枠組みを守ろうとする人間と壊そうとする人間と。


ある一定の価値を押し付けるな。悪しき伝統は廃止せよ。

押し付けや強制にも一理はあるもの、それによって救われるものもいるのだから継続すべき。


立場が違うのだから、主張も違う。

だからといって・・・白か黒かでいいの?


創造は二元論の理外からうまれる。


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2018-11-25

くりーくん(1) (アフタヌーンKC)

くりーくん(1) (アフタヌーンKC)

  • 作者: ハグキ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/07
  • メディア: コミック
リストラされて、妻に離縁されて、愛娘との生活を失った白ネズミのくりーくん。
ある日、暮らしを立て直しつつあるくりーくんの元に、成長した愛娘スプーンから連絡が届く(ネズミの成長は早いのだ)。
勉強で苦労している娘に対し、くりーくんは父親らしく言う、
「勉強もほどほどにして好きなことをやれ。好きな事に打ち込むのも1つの道だぞ。」
大変だけれど、娘が塾通いを頑張っていることを知り、くりーくんは言う、
「そうか、偉いじゃん! その調子でがんばれ。」
スプーンは答える。
「さっきと言っている事ちがうじゃん。」
そんな娘に対し、笑顔で「とにかくがんばろう」と返したくりーくんだが、一人になったときにふとつぶやく、

「何が正解なのかよくわからない。決めつけて言うのはヤメよう。」と。


家族や社会と一定の距離を取りながら生きているくりーくんにとって、決めつけた発言は合わなかったのかもしれない。さまざまな判断を留保し続けるところにくりーくんの生き方はあるのだ。しかし、家族や社会という「現場」に、片足どころか全身を浸している者にはどうだろう。「男にはダメと分かっていても、やらねばならぬときがある」という任侠の世界ではないが、「決めつけと分かっていても、言い切らねばならぬときがある」のではないか。


言い切ってしまえるのは強さであり、覚悟の証である。若いころは、そう考えていた。少し年を取って、むしろ言い切ってしまうのは弱さの露呈であるかもしれないと思うようになった。いろいろな物事に対して、判断をすることに消極的な時期が自分にはあった。そして今再び、言い切ってしまえる強さを求めている自分がいる。ブログという場で、発言を再びするようになったのも、そうした思いの一つの現れなのだろう。

「何が正解なのかよくわからない。にもかかわらず、これが正解だと自分は考える。」

そう言い切れる強さがほしい。

置かれた状況によって、考えは容易に移ろっていく。大切なのは、「にもかかわらず」なのだ。この思い自体、移ろっていくものかもしれないのだけれど。



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2018-11-22

「絶対」と思い込むことは狂気と紙一重。

でも、そういうすれすれのところからしか生まれないものがある。

そう思う。

生まれ出るものの正体は?

芸術的な何か?

排他的な悪意?

今日、紙一重の場所で傷つけあう人たちを見た。

切ないとかかなしいとかいう言葉で片付けられない感情のざわつきがあった。

心がざわついたまま一日が終わる。

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2018-11-07

跳び箱第1回目の授業のこと。跳び箱の配置の仕方について伝え、クラス全員で準備に取り組んでいたのだが、途中で人手が余り始めた。すると、効率的に手を抜き始める子が出てきた。

正確に言えば、その子たちは人手が余り始める以前から準備に取り組む風な動きをしているだけだった。だから、周囲の空気が弛緩した途端におしゃべりを始める。「だって、人手が足りているから。」だし、「みんなもそうだから」だ。

一方で、自分の手が空くと周りを見て、積極的に手伝おうとする人がいる。褒められたいからとか叱られるからという理由ではなく、みんなが困っているのを見るのが嫌だから・・・という理由で行動できる人がいる。

6年生くらいになると、そうした行動の積み重ねは顕著で、例えば給食の準備、掃除当番への取り組みなどにも同様の姿が多く見られることになる。さぼる子は、体育だけさぼるのではなく、多くの場面でさぼる。そうした行動の傾向から、周囲に評価されることとなる。

今日は間接的にではあるが、そのことを子どもたちに伝えた。感じる心のある子は、片付けの場面ですぐに行動の変容が見られた。一方、行動の変容が見られない子も当然いた。さらにその後、給食や掃除の時間にまで変容が持続する子もいれば、すぐにいつもの行動に戻ってしまう子もいた。まあ、そういうものだ。こういう話は折にふれくり返していくしかないのだろうな。

経験を重ね、「少しだけ」変容を焦らなくなった自分がいる。

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2018-11-03

みらいの教育―学校現場をブラックからワクワクへ変える (ワクワク対話シリーズ)

みらいの教育―学校現場をブラックからワクワクへ変える (ワクワク対話シリーズ)

  • 作者: 内田 良
  • 出版社/メーカー: 武久出版
  • 発売日: 2018/10/23
  • メディア: 単行本

▼ヘーゲルの楽観的進歩史観に基づいた「世界は良い方向に向かっている」という認識。

▼「教育の特殊性」を論駁することと「聖域なき構造改革」の類似性。

▼ブラック部活動、ブラック校則、ブラック残業、定額働かせ放題。煽情的なネーミングのうまさ。


「自由の相互承認」。

つい頷きそうになるのだが、さて、この場合の「自由」の意味は?

語の意味を厳密に捉えた上で、慎重に読み進めなければならない。

精読を促す良書。ただし、内田・苫野両氏の近著を読んだ人は、情報量に対する書籍の値段に憤りを感じるかもしれない。この分量で1500円はちょっと・・・と私は感じた。

余談であるが、小学校現場でよく話題に上がるのが「シャーペン禁止問題」。

この問題も近いうちに内田氏が取り上げないかなぁと思う。


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