針供養 [ことば]

家庭科の授業中のことです。

裁縫をしている際に、ある子が針を折ってしまいました。

「危険だから、先生のほうで処理をしておきますね」と話したところ、サポートに入ってくださっていた先生が、

「針供養ね」とおっしゃったのです。


針供養。

久しく聞いていなかった、美しい日本語です。

思わず子ども達の手を止めさせ、針供養の意味を語ってしまいました。

授業の流れを無視した行為は、決して褒められたものではないですが、語った私は、今日一日、あかるい気持ちで過ごすことができました。


美しいことばに触れる喜び。

教師として、子ども達に伝えていきたいことの一つです。

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160422 [ことば]


知的であることの最低限の条件は、「自己懐疑」できるかどうかにある。


160418 [ことば]

彼に贈る物語、

彼女に贈る物語。

そういう物語を自分の中にどれだけ持っているか。


160418 [ことば]

信念を支えるのは、直観ではなく「質感」。

クオリアである。


目的 方法 [ことば]

目的と方法を逆にしてしまわないこと。

子どもに~という力を付けるために・・・という方法を用いる。

・・・という方法がまず先にありきとするから、子どもが育たない。

育てようという意識が薄れる。

逆に、方法のない目的は理念的なものにとどまる。

方法か目的か、というように二元論的に語らないこと。

分けて考えるから分かりやすくなるのと同様に、分けて考えるから分からなくなるものもある。


 [ことば]

もう長いこと、自分の言葉を失っていたような気がする。

間違いのない言葉を。

聞き手にとって価値のある言葉を。

そうではない。

聞き手本意ではなく、書き手本位でよいのだ。

意味の分からない雑文の類でよいから、とにかく発信する習慣を取り戻していこう。


2016年の始まりに寄せて [ことば]

2015年の春から、自分を取り巻く環境が大きく変わった。
これまで、
「自分は適応力のある人間。どんな変化にもすぐに順応して馴染んでいける」
と嘯いていたのだが、自身の順応性のなさを嫌でも実感させられる日々は、これまで築いてきた自己認識を揺らがせるには十分すぎた。
苦しかった。
2015年の振り返りは、その一語に尽きる。

では、その苦しみに意味は無かったかというと、そうではない。
苦しかった日々は、本当にたくさんの考える時間を与えてくれた。

渦中にあるときは、ひたすら現在の境遇を恨むことしかできなかった。今も渦中にあることは間違いないのだが、苦しさに意味を見いだせるようになったのは、ある意味では渦中を抜け出せたのかもしれない。
そこにいて苦しむ自分を、距離をおいて眺めやれるようになった。
あと3か月は、何とかやっていけるのではないか。
今はそういう心境になっている。

新しい年の初めに、ある種の決意を込めて行ったことが2つある。
1つは、高校受験以来、自分にとって大きな意味を持っている初日の出を参拝を行ったこと。
もう1つは、ライナー・マリア・リルケの「若き詩人への手紙」を久しぶりに読み返したこと。
どちらも、心を洗濯するような体験となった。

この内部への転向から、自分の世界への沈潜から、詩が生まれ出るならば、
あなたはそれがよい詩かどうかと、誰かに尋ねてみようとはお考えにならないでしょう。
(リルケ「若き詩人への手紙」より)

苦しみは、図らずも自分の世界への沈潜を促した。思ったよりも長かった潜水生活で生まれてきた消えない感情。それは、人に何と言われようと「本物」なのだ。断じて。
2016年は、少しだけ「強く」それを信じてみようと思う。自分以外には意味の分からない文章だが、新年の決意の表明としてここに残しておく。

文書く月日 [ことば]

自覚的に書く生活への復帰を目的に、10日ほど前から学級通信ならぬ「生活だより」を書き始めた。

「たより」と名売っている割に読者は自分だけなのだが、それでも毎日書くことの効果を実感している。

昨日、記念すべき10号を発行した。

しばらく充電状態だったこのブログも、少しずつ再開していきたい。

読み手を想定した書き方を意識しなくとも、読者がいるという事実がアウトプットに与える効果は、自分が思う以上に大きい。そう思う。


小さな世界 [ことば]

教室の外にも多様な世界があって

子ども達はいろいろな世界の一つとして教室を生きている

教室がただ一つの世界だなんて思っていなくても

教師がそのような「狭さ」を氣付かないうちに要求してしまっていることはないか?

連帯や絆、仲間、チーム

凝集性のある言葉は疑ってかかった方がいい

最低限、必達目標、全員ができる

鋭い言葉は軽々しく扱ってはならない

教室は小さな世界である

教師は「世界」という言葉に力点を置きたがるが、

本当は「小さな」に力点があるべきなのかもしれない

モナドロジー・形而上学叙説 (中公クラシックス)

モナドロジー・形而上学叙説 (中公クラシックス)

  • 作者: ライプニッツ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2005/01
  • メディア: 新書

モナドには窓がない。

久しぶりに異世界の言葉に触れる。

まるで詩を読むような心地よさだ。


 [ことば]

切れば血の出る言葉を口にすること。

発語した者から離れた言葉の意味ではなく、発語するものとつながり「血が通った言葉」、その内実を受け止める努力をすること。

言葉は等しく棘である。

引っかからないのだとしたら、言葉にではなく棘のかからないほどに硬直した受け取る側のこころに問題がある。


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