表のねらい・裏のねらい

「万葉集」の時代、日本にはすでに花見をし、季節を楽しむ文化があったそうです。ただし、当時は桜ではなく「梅」。中国から渡来した梅見の文化が広がり、その後、平安時代に桜を見るのが一般化した・・・ということを知りました。


古代より、日本は大陸との交流によりさまざまな文化を享受してきました。日本側だけではなく、大陸側もそれは同じことでしょう。交流は、新たなものとの出会いを契機とし、文化の水平方向の広がりをもたらします。

とはいえ、日本は常に交流に開いていたわけではありません。平安時代、内乱状態にあった唐との関係を断ち、国交を断絶することで、日本には国風文化という独自の文化が花開きました。敢えて出会わないことから生まれる、文化の垂直方向への深まりというのもありうるわけです。

来週から、社会は奈良時代に入ります。大陸との交流が、日本の文化に豊かさを与えた…という話から、君たちは交流に対して開かれた心をもっていますか?と問いかけるつもりでしたが、それだけは豊かさの一部だと気づきました。敢えて交流を断つことで、独自性を深化させていく。それも豊かさの一面です。


「日本と大陸文化との交流」という教科の表のねらいに対し、「交流・断絶がもたらす豊かさ」を裏のねらいとして、教科を超えた汎用的な考え方を伝えていく。最近、その重要性を再認識しています。



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