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再会 [初代・なかよく楽しい3年2組]

初任の頃の教え子2人に再会する。

今や高2の女子高生。

変われば変わるものだという思い半分、相変わらずあの頃のままだという思い半分。

「先生は変わらないね」の一言に嬉しくなる。最近40代と言われることが重ねてあったので(笑)。

2人とも夢を持って頑張っているとのこと。

今を楽しみつつ、頑張ってほしいと思う。


再会 [初代・なかよく楽しい3年2組]

家族水入らずで散歩がてら本屋に出かけた。

その帰り道に、高校生の男の子に声をかけられた。

妻のほうの教え子かな? と思ったら、私が初任のとき3年生で、妻が5年生のときに受け持った子だった。あまりの変容ぶりにびっくり。こちらの氣持ちを察したのか、学生服の裏の名前までわざわざ見せてくれた(笑)。

さて、教え子の立派に成長した姿を見て、教師の役割とは何かを改めて考え直してみた。

 ・今の自分にできる最高の学びを与えること(シェアすること)→教え、育てる

・楽しい時を共有すること→楽しさ

すぐに思いつくのはこの2点だ。

考えてみると、今の自分はかなり教え育てることに非常を置いていることに氣付く。

楽しさがないわけではない。しかし、楽しさを意図的に排除していることも否めない。今のやり方に何か疑問を感じてしまうのは、どこかしら不自然なところがあるからだ。

とはいえ、教育にベストと言えるものがあるわけもなく、教師にできることはそのときのベターだと思えるものを選択していくしかないことも分かっている。楽しさの排除は、子どもとの距離感に悩んだ当時の自分が出した、ベターな結論だったはずだ。

そのベターだった結論に対し、何かしら違和感を感じる今の自分がいる。これは、新しいベターを模索せよというサインなのかもしれない。

これから目指すべき道は?

初任のときの教え子の成長した姿から、いろいろなことを考えさせられた一日。

それにしても、教え子の成長は何にも増してうれしい。年をとるって素敵なことだと最近実感する。


サクラサク [初代・なかよく楽しい3年2組]

初任のときに教えていた子から、高校の合格報告が届いた。

文面にはこうある。

「・・・先生のお守りのおかげで合格を勝ち取ることができました。・・・」

そうではない。合格を勝ち取ったのは、自分が努力したからなのだ。にもかかわらず、手にした成果を自分の手柄とせず、「おかげさまで」と書くことができる。なんという心の成長ぶりか。

「海の命」の授業で、扱った太一のセリフが重なる。「おかげさまでぼくも海で生きられます。」

感謝を知って、人は”大人”になっていく。

ともかくおめでとう。君に幸あれ!!

 


頑張れ [初代・なかよく楽しい3年2組]

先日、某特撮ヒーローものをTVで見ていたとき、衝撃を受けた。

「○○ちゃん!!」

初任の頃に教えた女の子が、当時の面影そのままテレビに出ていたのである。
そうか、あのときの夢の第一歩を踏み出したのかぁ。感慨深い思いで、画面に見入ってしまった。


教え子達がそれぞれの場所で頑張っている。
ある子は、あの頃と同じ夢を持ちながら。ある子は、あの頃とはちがう夢を追いかけながら。
私も初心を思い出して頑張ろう。


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