彗星 [読書・映画・音楽]
学生時代に「LIFE」にやられて以来、小沢健二さんのファンです。
今秋、その小沢さんが「毎日の環境学」以来、13年ぶりとなるアルバムを出すとのニュースが耳に入ってきました。嬉しいニュースです。
先行シングルとしてリリースされた「彗星」を早速聞きました。
今ここにある この暮らしこそが 宇宙だよと 今も僕は思うよ なんて奇跡なんだと
他の人が歌ったら軽薄にとられかねない歌詞も、オザケンが歌うと説得力があります。
出会いからずいぶんと経ちますが、オザケンは今でも自分にとってアイドルなのだなとしみじみ思いました。
アイドル・・・と言えば、先日、20数年ぶりに魯迅の「故郷」を読みました。この物語で「偶像崇拝」という言葉を覚え、心に刻み込んだのは私だけでしょうか。
ルントウが香炉と燭台がいると言った時、わたしは内々彼を笑っていた。彼はどうしても偶像崇拝で、いかなる時にもそれを忘れ去ることが出来ないと。ところが現在わたしのいわゆる希望はわたしの手製の偶像ではなかろうか。ただ彼の希望は遠くの方でぼんやりしているだけの相違だ。
光文社古典新訳文庫で出ていることを知りました。この本では、偶像崇拝をなんと訳しているのでしょう。機会があればまた再読したいところです。
綿の国星 [読書・映画・音楽]
春は長雨
どうしてこんなにふるのか さっぱりわからない
どうして急にだれもいなくなってしまったのか さっぱりわからない
だめだ ポリバケツのふたを あける力もないや
・・・大島弓子さんの漫画「綿の国星」の導入ページの言葉です。
物語全体に通底する詩情が昔から好きなのです。
でも、定期的に読み返したくなるのは、それだけではなく、文体のリズムが心地よいからなんだと先日気付きました。
楽器が定期的な調律を必要とするように、人間の心にも調律が必要だと私は思います。「綿の国星」のリズムは、読み返すたびに私の心を調律してくれている・・・そう思うと、いっそうこの物語への愛着がわきました。
トリカのちかい [読書・映画・音楽]
マッドガイドウォーターの物語、第2巻です。
一読後の感想は「冗長」でした。
薄絹を重ねるように表現を折り重ねることで、当たり前の景色に深みと彩りを与えていく。そうした表現方法自体は悪いものではないのですが、物語を読み進みたいこちらの速度と噛み合わないと、表現の豊かさは途端に「鈍重でたいくつなもの」に変容します。
「味付けはよいのだけれど、ちょっとくどくてもたれるな・・・。」そんな残念な感想をもちました。
でも、時間を空けて読んでみたところ、2回目はまったく違う読後感でした。
駆け足にならずに進んでいくスピードが心地よいのです。
作者の梨木さんが描きたかった世界はこれなんだな、と妙に納得しました。
どうやら一読目は、現実世界の速いスピードに身を置きながら読んだせいで、マッドガイドウォーターの世界に入り込めていなかったようです。読書は、自身の置かれている状況を鏡のように反映する…だからこそ同じ本を繰り返し読む価値があるのでしょう。一読で終わりにしてしまわず、ほんとうによかったです。
さて、2回読んでみて、印象に残っているのは「トリカのちかい」の章です。トリカは、つい嘘をついてしまう自分の性格が母親を困らせていることに気付きます。そのトリカに対し、ほのおの革命家(この秀逸なネーミングセンス!)が言います。
「きみが思わず口から出てきそうなうそを、ぐっと一回こらえたら、お母さんは自分の心臓をしめ上げている目に見えない何百もの薄紙が一枚、ふっと消えたように思うだろう。二回こらえたら二枚、薄紙がはがれたように身が軽くなるだろう。三回こらえたら三枚…。そうして、百回こらえたら、お母さんはすっかり元気になる。」
「三年間、地道に、まったく空想をまじえずに、うそをつかずに生きてごらん。ほんとうのことだけを口にして、地に足をつけて生きるんだ。」
なんと優しく説得力のある言葉でしょう。
この物語には、宝石のようにきらびやかではないけれど、ずしっと重みのある言葉がそこかしこにあります。この秋、何度も読み返すことになりそうな、そんなステキな一冊です。
レモンの図書室 [読書・映画・音楽]
「少女ポリアンナ」「赤毛のアン」「黒馬物語」「アンネの日記」「くまのプーさん」「オズの魔法使い」「穴」「ワンダー」・・・本は友だちになれる?
帯に書かれている小説群のタイトルを見てピンとくる人たちは買いでしょう。
本を心の拠り所として生きている少女カリプソが、本以外の拠り所と出会い、成長していく物語です。
カリプソには、妻をなくした悲しみから目を背け、仕事に逃げ込む父親がいます。
愛する人をなくした悲しみは同じなのに、その思いを共有できない父娘2人。袋小路のような現状を変えていったのは、大人である父ではなく娘のほうでした。
カリプソのように、幼くして家族の介護や看病をせざるを得ない立場になる子どもが、イギリスでは増えているそうです。「ヤングケアラー(若い介護者)」と呼ばれる子どもたちの存在は、日本でも近年大きな社会問題となっているとのこと、恥ずかしながら、私はこの本を読んで初めて知りました。
現実世界にできた「親友」を拠り所に、カリプソが困難を乗り越えていく姿は感動的です。
ですが、自身の思春期のありようを思うと、素直に感動できないのも事実です。
「本当に人間は、こんなに前向きに変容できるものかしら。」
と、「てぶくろを買いに」の母ぎつねのような懐疑的心情になります。
この部分は、読者の年齢やこれまでに重ねてきた経験によって、評価の分かれるところなのかなと思います。
(素直に共感はできなかったものの、決して悪い読後感ではありませんでした。念のため。)
もう一点。
物語のタイトルにもなっている「レモンの図書室」、この物語の重要な場面で、レモンがずらりと並んだ書架が象徴的に描かれるのですが、梶井基次郎の「檸檬」を思い出さずに入られませんでした。
日常的なものでありながら、ある特殊な状況の中に置かれることによって、それが非日常的なものに転換する・・・この物語も、「檸檬」も、その題材としてレモンを選んでいるところが興味深いです。
巻末には、「カリプソの読書案内」が付いています。
この物語を楽しめた人は、きっと好きであろう読書リストです。とりあえず私は、久しぶりにダールの「アッホ夫妻」が読みたくなりました。
カイコ大図鑑 [読書・映画・音楽]
国土社から出版されている大研究図鑑シリーズの1冊、
『大研究カイコ図鑑』です。
「大」研究という名前にふさわしい、充実した1冊となっています。
※カイコの解剖の仕方や、解剖写真まで掲載されていますので、小さなお子さんのいる家庭には配慮のいる1冊かもしれません。
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今年度、総合的な学習の時間で養蚕に取り組んでいます。
私が小学生の頃は、まだ総合という教科はなかったのですが、担任の先生に思いがあったのでしょう、養蚕に取り組んだことがあり、30年を経た今も、その経験を強烈に覚えています。
今の教え子の幾人かも、強烈な思い出としていつかカイコのことを思い出すのかも…と考えると、一つの体験のつながりというか、運命の糸のようなものを感じます。カイコだけに。
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さて、カイコを育てる経験をすることは、それだけで素晴らしい学びだと思いますが、
実体験だけでは、カイコや養蚕のおもしろさの一端に触れたにすぎません。
そこで必要になってくるのが、学びを広げるための手引きです。
先に紹介しました『カイコ大図鑑』は、子ども達のみならず、大人の興味も喚起してくれるマストな1冊です。他にもさまざまな絵本や専門書が出ていますが、分かりやすさと具体性においてこの本に勝る本はないでしょう。
お値段に見合うだけの価値ある本だと、自信をもっておススメします。
3年生の理科で観察カードを書かせていますが、「背脈管(はいみゃくかん)」「眼状紋(がんじょうもん)」などの専門用語がたくさん使われます。明らかに『カイコ大図鑑』の影響です。
専門用語を駆使(!?)して観察カードを書き、会話をしているとき、小さなカイコ博士たちの顔はとても誇らしげです。言葉のチカラってすごいなぁと改めて感じます。
かくいう私も、最近、職員室で「マルピーギ管」「尾角」などの言葉を使い、学年の先生方とお話をしています。
他学年の先生方には「よしよし。新しく知った言葉を使いたいんだな。」と思われていることでしょう(笑)。
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そうそう。
子どもの頃、飼育しているカイコの背にマジックで色を付け、カラフルな糸を吐くかを実験したことがありました。私の記憶の中では、カラフルなまゆ玉ができたことになっていたのですが、冷静に考えてみれば、皮膚に着色したら色の糸を吐くのっておかしいですよね?
幼かった自分の記憶違いかな…と思っていたのですが、この本を読み、実際に実験をやってみて、新たな知見を得ることができました。
驚きがあふれる、まさに「ワンダフルな」体験でした。
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気になる方は、ぜひこの本をご購入ください。
カイコの生態を通し、生命の不思議さ、素晴らしさを感じることができるはずです。
願いを届けたいときは [読書・映画・音楽]
白のままでは生きられない―志村ふくみの言葉 (生きる言葉シリーズ)
- 作者: 志村 ふくみ
- 出版社/メーカー: 求龍堂
- 発売日: 2010/01/21
- メディア: 単行本
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染色作家・志村ふくみさん。
いくつもの著作の中で、含蓄に富んだ言葉を書き残しています。
(私が特に好きなのは、『一色一生』)
過去の著作の中から、光る言葉を抜粋し再構成したのが上の『白のままではいられない』です。
名言集や語録のような本を想像すると分かりやすいでしょう。
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著者監修とはいうものの、言葉を抜粋し再構成した時点で、言葉に含意されるものは原文とは異なります。
事実、原文を読んだときと、断片集である本作を読んだときとでは、印象がずいぶん違いました。
前後の文脈とのかかわりがなく、意味の限定が少ない分、想像の余地が大きく、自分自身の思いを投影しやすいのです。筆者との対話というより、言葉を手がかりに自由に思いを巡らせるのを好む自分には、とてもありがたい本です。
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物を創る人間に絶えずより添って決して離れない手、無言で加勢してくれる手、裏切らない手、怖しい手、私達は思わずその手が手をかさずにはいられない、そういう仕事をしているだろうか。(P138)
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つい先日、何気なしに開いたページに書かれた言葉が強く胸に響きました。
それは、今の自分の仕事が「そういう仕事」になっていないという思いがあったからでしょう。
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先日、教え子たちに「ていねいさ」についての話をしました。
私たちは、誰かに血の通った願いを届けたいとき、相手にだけではなく、自分自身にも願いを向けなければならない・・・そう思います。
私自身が、ていねいに生きなければなりません。
イカロスの飛行 [読書・映画・音楽]
無理をせず、ただ流れに身を任せて生きるのならば、
私は何のために生まれてきたというのだろう
反自然
不自然こそが人間の本性
しかしイカロスは知らなかったのだ
逃げ続けることの困難さを
- 作者: レーモンクノー,Raymond Queneau,石川清子
- 出版社/メーカー: 水声社
- 発売日: 2012/10
- メディア: 単行本
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オレンジ・ガール [読書・映画・音楽]
ライオンと魔女と衣装だんす [読書・映画・音楽]
ライオンと魔女と衣装だんす ナルニア国物語2 (古典新訳文庫)
- 作者: C・S・ルイス
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2016/12/08
- メディア: 文庫
先日、国語の授業で物語の創作を行ったばかり。
不思議な世界へ行って帰って来る。「行きて帰りし物語」の例として、
・千と千尋の神隠し
・つりばしわたれ
・注文の多い料理店
を引用するのが常だったが、今回は
・ホビット
・2分間の冒険
そしてナルニア国シリーズ「ライオンと魔女」を 紹介した。
新訳が出たので今回久しぶりに読み直してみた。
作者のルーシイへの愛情をしみじみと感じた。
父親になるとはそういうことなのだ。