子どもの図書館 [読書・映画・音楽]

 
新編 子どもの図書館〈石井桃子コレクションIII〉 (岩波現代文庫)

新編 子どもの図書館〈石井桃子コレクションIII〉 (岩波現代文庫)

  • 作者: 石井 桃子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/03/18
  • メディア: 文庫


石井桃子。
「ノンちゃん雲に乗る」の作者、「クマのぷーさん」や「ドリトル先生」シリーズの翻訳など、児童文学の普及に大きく貢献した人…という略歴は何となく知っていたが、
「花子とアン」で一躍脚光を浴びた村岡花子やファージョンとの親交については全く知らなかった。
(よくよく考えて見れば、岩波少年文庫のファージョン・シリーズは、この人の翻訳ではないか!)
…というよりも興味がなかった。
児童文学にせよ、他の物語にせよ、興味の対象は話そのもの。
作者やその周辺にまで興味を持つようになるケースは少ない。
しかし、宮澤賢治の生涯を知ることで彼の作品の読み方が変わってくるように、この本を読むことで石井桃子本人の作品だけでなく、彼女とかかわりのあった「周辺」に対する見方すらも変わってくる。
読み終わったあとで、自分の世界の一部が別の色に変わった。
穏やかで柔らかいけれど、とても鮮やかな色に。
そんな感想をもたらしてくれる本。

この本の話題の中心は家庭図書館「かつら文庫」の運営について。
家庭文庫を始める人の多くは、この本の影響を受けている…とのことだが、さもありなん。
家庭文庫の「限界」についてハッキリと書いてあるにもかかわらず、子どもと本を愛する人の心に「どうにかしようよ」と訴えかける強さがある。
例えば次の記述、

世の中に大きな変化が起き、それが子どもの世界にかかわることであれば、大人はそれを正常な状態に取り戻すために、何らかの手段を取らなければならないのだと思います。(p286)

何らかの手段を考えた結果の一つが「かつら文庫」の創設であった。
その運営は、整備された道を歩くというよりは、諸外国の先人や村岡花子らが歩いた、道とは言えないところを歩いていく手探りの行程ではあったけれど、手探りだからこその新しい何かを創造していくドキドキやワクワクにあふれている。
思考錯誤の9割を占める「ドタバタ」についても脚色なく綴っているが、不思議とそれを感じさせないのは、文体からにじみ出る人柄ゆえか。

それがはっきりわかっているくらいなら、何も図書館の仕事には素人の私たちが、このような実験をやってみる必要はなかったのだ(p2)

巻頭のこの言葉は、家庭文庫に限らず、これから新しい何かを始めようと足踏みしている人達を勇気づける。
かくいう私も、大いに勇気づけられた。
…別に新しい何かを始めようとしているわけではないのだが(笑)。

さて、この本が訴えてくるのはそれだけではない。
平易でキッパリとした物言い、けれども乱暴ではなくちゃんと地に足のついた言葉の数々は、読み手に自然な思考を促す。
印象的だった言葉をいくつか記しておく。


私がびっくりしたのは、私の家のささやかな文庫が、その人の頭にそんなに深く刻みつけられるほど、日本の子どもの勉強する姿は暗いのか、ということです。(p189)

読書教育の未だ「暗澹たる現状」が変わっていない今、教員として考えさせられる一文。
意識は変わってきた。児童文学の地位も向上した。
けれども、子どもの学ぶ姿は、石井の感じた「暗さ」を脱してはいない。そう思うし、何とかしなければと思う。

図書館の不足や児童文学を取り巻く現状の暗さを嘆いた石井に対し、外国の図書館員が示した反応。

彼女たちは、目をかがやかして、「ちっとも知らなかった。How exciting! How challennging!」というような言葉を発するのです。
私は、はじめ、妙なことを言うと思いました。学校で習った英語では、これを「なんておもしろい」とか、「なんて挑戦的な」と訳したくなりますが、それではおかしいし、彼女たちの表情に合致しません。2,3回こういう言葉を聞いているうちに、それは、「なんて興味のある問題なんでしょう! なんてやりがいのある問題なんでしょう!」という意味だと分かってきました。
そして彼女たちは、「あなた方は、開拓者なのね。…というのでした。(P192)

問題との対決の仕方の違いを感じ、愚痴を言うのをやめたというエピソード。
うーん、耳が痛い。


子どもを離れたところからいい本はできない。(p207)

現場を離れている今だからこそ刺さる文。
子どもを離れたところからいい研究は生まれない。
心して長期研究の日々を過ごしていきたい。
というか、早く現場に帰りたい(笑)。


受け取り方から、自分はどっぷり教員であることを実感する。読書は己の今を思い知らせてくれる鏡だなぁ。


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