網戸 [ことば]

最近足癖の悪い姉が、網戸を蹴飛ばす。

それを見て、妹の藍里も真似をする。

いつかはやると思ったが、とうとう網戸に穴を開けてしまった。

これが夏休み最後の週の出来事。


張替など、今までしたことがない。

業者に頼もうかと思っていたが、さて、どこに行けばよいものか。

(こういうときに、すぐに調べようとしないのは、自分の悪いところ。)

1週間ほど放置していたが、さすがにこのままではまずい。

100円ショップで網戸張替グッズなるものを見つけたことも手伝い、一念発起、自分で張り替えてみることにした。


結果、1時間ほどかけて、張替を終えたものの、「成功」とは言い難い見栄えになってしまった。

売り物の網戸は、人の手による作品か、それとも機械によるものか。

それは分らないが、「芸術品」と読んで差し支えない完成度。

改めて、技術というものに感嘆の念を抱く。

それは、享受することしか知らないキリギリスが、生成の喜びを知るアリに対して抱く感情だ。

享受の中から喜びを生成するフレデリックのようなものもいるが、それはまた別の話。

フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし

フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし

  • 作者: レオ・レオニ
  • 出版社/メーカー: 好学社
  • 発売日: 1969/04/01
  • メディア: 大型本


既製品に囲まれた生活をしていると、それは誰かの手による作品だということを忘れてしまう。

大半は機械によって半ば自動的につくられたものであるにしても、ではその機械は誰が作ったものか。

全ての「もの」は、元をたどっていくと必ず「手」にいきつく。

その手の偉大さを忘れてはならない。



観念的な生活。

知っているつもり。

分かっているつもり。

本当の世界は、観念の中にではなく、手で触れることのできる現実の中にのみある。

(観念は、現実の向かうべき方向を指し示す羅針盤、とは誰の言葉であったか。)

手こそが人間的な生を根底から支えている。


生成するものについては技術の端初が、存在するものについては知識の端初がある。

あらゆる技術は事物の生成にかかわる。

ずっと触れてもいなかったニコリンを本棚から引っ張り出し、意味もわからぬままページを繰ったのはそういうことがあったから。

ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

  • 作者: アリストテレス
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1971/11/16
  • メディア: 文庫


娘が網戸を蹴破ったので、私はアリストテレスの「二コマコス倫理学」を飛ばし読みした。

風が吹けば、桶屋がもうかるわけだ。


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